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ASTRO-E衛星搭載硬X線検出器(HXD)の開発

我々は気球実験を通して開発を行なってきた経験を基に、2000年に打ち上げ予 定の日本の次期X線観測衛星ASTRO-Eに搭載される低バックグラウンド硬X線 γ線検出器(HXD)の開発を行なっている。 開発は、東大の牧島研、宇宙研、理研、大阪大、明星電気、富士通、クリアパルスとと もに進めており、特に牧島研とは全面的な共同作業を行なっている。 本年度は、HXD全体での振動・熱などの環境試験を行ない、さらにFM品の 設計・製作を始めた。 HXDはセンサー部、アナログエレキ(AE)およびデジタルエレキ (DE)で構成される。 我々の研究室は、主にセンサーのシンチレータ部、AE/DE、構造設計を担当している。

(1) 機械構造モデルの製作、振動試験

HXDのセンサー部に用いられるシンチレータは、メイン検出部であるGSO結晶と アクティブシールド用のBGO結晶であり、これらでフォスイッチを構成する。 このうち、BGO結晶は長細い構造をしていて重く もろいので、衛星打ち上げ時の振動衝撃に耐えるために対策を施す必要がある。 前年度に引き続き、真鍮およびBGO結晶を用いた単体試験を行ない、 その結果、防振剤を用いて振動共振強度を弱めることに成功し、振動試験を突破 することができた。 また、反射剤、ゴム、および接着剤について、アウトガスなどを調べて、選 定を行なった。

単体試験が成功したことを受けて、次は HXDセンサー全体での振動試験を行なった。 センサー部は40cmほどの長さのBGO結晶36本がCFRPのケースの中にマトリックス状 に並び、それをMgの蓋と台で上下から抑えることで振動に耐える設計となっていた。 総重量は200kgほどにもなり、振動に対してはケースの強度が鍵となる。 また、振動でセンサーの向きが変わってしまってアライメントが狂うことがないように しなければならない。 今回は、BGO結晶の代わりに真鍮モデルをケースに納めて様々な 対処を施して振動試験を行ない、突破した。

(2) FMシンチレータ部の製作

振動試験を通して確立した構造設計に従って、実際に衛星に搭載するFM(フライト モデル)のシンチレータ部を製作し始めた。 製作は徹底した管理と評価試験の下に行なわれ、週に1本のペースで行なった。 メインカウンターの製作においては、1つの光電子増倍管で読み出す4つのGSO結晶の 光量がそろっていないとエネルギー分解能の悪化につながるので、さまざまな工夫をして光量をそろえた。 Antiカウンターは、その複雑な構造のためにシンチレータの収集効率が場所によって 大きく異なることがわかっている。 そのため、反射剤に適当な処置を施して場所ごとのシンチレータの収集効率ができる だけ等しくなるようにした。 これらの結果、期待されるエネルギー分解能を達成できていることがわかった。 また、温度サイクルをかけることによって、構造不良がないことを確かめた。 製作は、来年度まで続く予定である。

研究室で製作したFMシンチレータ部のうち、メインカウンター部と Anti用カウンター部のそれぞれ1本づつを光電子増倍管を接着し、メインカウンター 部には低エネルギーγ線検出のためのPINダイオードを挿入して、センサーユニット 1本を組み上げ、FM品製作の手順を確立した。

(3) 光電子増倍管およびブリーダーの開発

最初に納入された光電子増倍管は、エネルギー分解能が悪かった。 いろいろ調べた結果、場所によるゲインによって大きく違うことが原因である ことがわかり、ダイノード構造を設計し直してもらい、問題を解決した。 その後、順次FM光電子増倍管が納品され、それを徹底した試験を行なって 問題がないことを確かめた。

軌道上ではプロトン由来の大きな信号が数100Hzで入射するので、その 影響がγ線の信号に影響を与えないために、光電子増倍管のブリー ダーも工夫が必要である。図1に開発したブリーダーを示す。 最終段にzenerダイオードを入れることで、プロトンによる最終ダイノードの 電位の揺らぎを抑えることができたが、zenerダイオードを小電流で使用する場合に 特有のノイズが問題になることがわかったため、抵抗コンデンサーなどを用いてノイズ を抑える対処を施した。 また、大きな信号が入ったときにブリーダーおよび後段の回路系の回復が 数ミリ秒と遅いことがわかったので、ブリーダーの信号出口でダイオードクランプ することで回復時間を数十マイクロ秒までに速めた。 ダイオードクランプは、ダイオードの容量特性や抵抗特性などを考慮して思考錯誤 を繰り返して確立した。 その結果、600keV相当に信号に対して数万c/sまで、100MeV相当の大信号に対して 数千c/sまで、後段回路も含めて正常に動作することが確認された。






  
Figure: The circuit of bleeder for PMT R6231 in HXD, on board Astro-E.

(4) 軌道上での放射化の研究

HXDはGSO,BGOシンチレーターによって井戸型フォスウィッチを組み、それらを 複眼状に並べた周囲をさらにBGO Antiカウンターによって囲むことで、従来の 硬X線検出器より一桁以上低いバックグラウンドを実現する。衛星軌道上で 主要なバックグラウンドとなるのが、高エネルギー陽子との原子核反応によって 検出器内部に生成される放射性同位体からの$\gamma$線であり、その特性を良く 理解し、精度良くモデル化して再現することは極めて重要である。

我々は地上の加速器を用いて軌道上をシミュレートするため、昨年度におよそ100MeV に加速された陽子をシンチレーターに照射した。照射後1000秒から約半年にわたって 測定をした結果から、内部に生成された放射性同位体をほぼ全て同定し、同時に井戸型 フォスウィッチによる半同時計測によって、同位体からの$\gamma$線が効率よく バックグラウンドイベントとして棄却できることを確認した。

さらにEGS4を用いたモンテカルロシミュレーションによって、各核子からの放射化 スペクトルを作成し、これらの足し合わせによって実験結果の95 ことが出来た。以上の結果を用いて、衛星軌道上の高エネルギー陽子のフラックス から、HXDの予想バックグラウンドスペクトルを作成したところ、300keV以下では $\sim$ 5 $\times$ 10-5count/ sec/ keV/ cm2、400keV以上では 10-6count/ sec/ keV/ cm2のオーダー程度という結果が得られた。 これは従来の検出器に比べておよそ一桁以上低いバックグラウンドレベルが達成 されることを意味する。

(5) AE/DEの開発

AEは、明星電気とともに開発を行なっている。 昨年度のプロトモデルの問題点を基に、プリフライトモデルを設計製作した。 特にアナログ部分はクリアパルスの全面的な協力により大きな改善が見られ、 GSO結晶の速い信号にも十分についていける回路系となった。 現在はプリフライトモデルの試験の続行を行なっており、それを受けて フライトモデルの設計を進めている。

DEは、富士通電気とともに開発を行なっている。DEは、AEから送られてくるデー タを適当なフォーマットでパケット化し、後段の衛星データ処理部に送る。 本年度は昨年度のプロトモデルを拡張する形で、DE内でのデータ処理の仕様を固め、 処理プログラムを改訂、バグ出し、最適化した。 また、地上に下ろすデータの種類とフォーマットの仕様を固めた。



Yasushi Fukazawa
2000-08-02